フィアットの歴史 イタリアの街並みとFIAT車 チンクエチェントと映画 FIAT全般

初代フィアット500トポリーノとは?映画「ローマの休日」でオードリー・ヘプバーンも乗車♪

投稿日:2018-04-20 更新日:

FIAT500といえば、やはり、ルパン三世がカリオストロ公国で駆け回ってた『黄色のチンクエチェント』のイメージが強いのだけれど、あの愛らしく丸っこいチンクはFIAT500としては2代目にあたるモデル。初代500は『トポリーノ』の愛称で親しまれた、このオールドカー。

 

「低価格で維持費の安い大衆車を」という、第二次大戦前のイタリアの市場要求に応えるべく開発され、1936年に発表されました。全長3215mmの小さな車体に569ccの水冷直列4気筒エンジンを積んだFR車で、巨匠ダンテ・ジャコーザの出世作にしてFIAT社の礎です。


クローズドもありますが、このTopolinoは幌のオープン☆

 

2007年7月4日、初代の名を継いだ2代目チンクエチェント(Nuova500)の50年目の誕生日に、現代の新型チンクエチェントに歴史が継承された事はまだ記憶に新しいですが、1936年に発表された初代500からだと70年以上もの時が経っていたのですね!

幸運なことに、以前にイタリア滞在中、公園で催されていたクラシックカーの集まりに遭遇。博物館ではなく、実際に自走するトポリーノの勇姿を眺めることができて嬉しかったです。

 

そういえば、2017年のフィアットバースデー(FIAT公式イベント)でも、ゲストにいらしてた世界的バイオリニストの古澤巌さんが、所有のトポリーノを展示して下さってましたね♪

 

この最初のFIAT500のニックネームが『トポリーノ Topolino』で、イタリア語でハツカネズミ(あるいは、赤ちゃんマウス)という意味です。その小ささは勿論ですが、たしかにネズミ顔で、ライトが耳っぽくグリルが前歯っぽい。

ちなみに、そんな経緯もあり「トポ・フィアット」というFIAT公式ゆるキャラがいますが、オフィシャル当人はコマネズミとおっしゃってますね。どっちなんでしょう?(笑)

さらに余談ですが、昭和の世代なら「トッポジージョ」というネズミのキャラクターを知ってる方も多いと思いますが、あの子も実はイタリア生まれです。正確にはトーポ(topo)の発音で、こちらも同じくネズミさんの意味なのです。

 

名作『ローマの休日』(1953年)にも出てきたFIAT500トポリーノ。お忍び王女のオードリー・ヘプバーンを、グレゴリー・ペックと結託してスクープ撮影しようとするカメラマン(アービング・ラドヴィッチ)の乗っていた車が前期型のTopolinoです。

このトポリーノ、自動車の低価格化を実現したイタリア最初の大衆車として、1955年までの20年ほどで50万台以上が販売されたベストセラーとなりました。基本的に2シーターの二人乗りの自動車です。「ローマの休日」ではグレゴリー・ペックが無理やり荷物置きに乗り込んでますが、当時のイタリア人たちも同じように乗り込んでいたそうですよ♪

フロントにエンジンが積まれたリア駆動のFR方式を採用し、ラジエーターをエンジンの後ろ、ギアボックスの上に置くことで室内空間は広く取られたため、ぎゅうぎゅう乗りも可能に。キャンバストップ車なら、グレゴリー・ペックがやった様にサンルーフから乗り出してドアを開けたり出来ます(笑)価格は8,900リラだったとのこと。

 

巨人フィアットの礎となる最初の500を開発したのは、イタリア車ファンの間でその名を知られるダンテ・ジャコーザ(Dante Giacosa)です。彼はさらに、持ち前の柔軟なアイデアとバイタリティで、続く『ジャルディニエラ Giardiniera』や『セイチェント 600(seicento)』を世に送り出し、1957年には『2代目チンクエチェント』をデビューさせます。

 

1957年7月4日、プリマセリエ(第一シリーズ)と呼ばれる2代目チンクエチェントことの『Nuova500 ヌォーヴァ・チンクエチェント』が発売となりました。イタリア語で「新しい500」という意味です。この当時のニューチンクは、同じ500という名前を継承しましたが、初代500とはまったく異なるコンセプトで設計・開発されたのでした。

その辺りの詳しいお話はまた別の記事で!

gigi

 

-フィアットの歴史, イタリアの街並みとFIAT車, チンクエチェントと映画, FIAT全般

Copyright© cinquecentista , 2018 All Rights Reserved Powered by AFFINGER4.