ジャンニ・アニェッリは、FIAT創業の礎となったジョヴァンニ・アニェッリの孫にあたります。
偉大な曽祖父から受け継いだフィアットをローマ帝国さながらの大企業に育て上げました。ちなみに、ジョヴァンニ・カルロ・フランチェスコ・アニェッリという名で、ジャンニは愛称。(イタリアではお祖父ちゃんの名前をそのまま孫が受け継ぐことが伝統的に多かった)
もちろん、フィアット初代社長であったジョヴァンニ・アニェッリの功績も計り知れないのは言うまでもないです。
ジョヴァンニ・アニェッリ(Giovanni Agnelli)の名はフィアットにおける伝説です。(また別の記事でマニアックに掘り下げようと思いますが)ユベントスにおいても「伝説の会長」とされる同氏は、1947年から半世紀近くもクラブ運営に携わり、2003年にその生涯を終えるまで、彼はクラブに惜しみない愛情と熱意を捧げたという。
デル・ピエロが孫みたいですね(笑)実際かわいがってたのでしょう。
そして実際の孫であるラポ・エルカン氏とジョン・エルカン氏に、ジャンニの才能がそれぞれ受け継がれているようです。
「外国から見て、フィアットのイメージはイタリアのイメージと重ねて映るだろう。外国人がフィアットのことを話す時、その人はフィアットのなかにイタリアを見つけようとする。イタリア的な空想力、イタリア的な革新。フィアットのイメージは、イタリアのイメージと不可分だ。他の国において重要な位置を占める企業があったとしても、フィアットのように国のイメージを代表する企業はないように思う」
Gianni Agnelli (Giovanni Carlo Francesco Agnelli)
フィアットは1899年、イタリア トリノで産声をあげた。FIAT(Fabbrica Italiana Automobili Torino=トリノ・イタリア自動車製造会社)という社名が示す通り、創業時から自動車メーカーとしてスタートを切っている。創業メンバーであるトリノの富豪ら9人の中から最重要人物を1人挙げるなら、洞察力と経営手腕を買われて1902年に初代社長に就任したジョヴァンニ・アニェッリだろう。
1936年に誕生した「500 トポリーノ」。イタリアの国民車としてモータリゼーションの発展に寄与した。
フィアットは以後、自動車の製造販売を中心に、路面電車や航空産業、鉄鋼、電気にまで事業規模を拡大し、イタリアを代表する企業へと発展していく。自動車の分野では1920年代に大型自動車にも着手したが、1930年後半から販売の主力を小型車にシフトする。そして1936年、現在に至るヒット作「500」の開祖となる「500 トポリーノ」を誕生させた。