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フィアット500のデザイナー【ロベルト・ジョリート Roberto Giolito】現代のチンクエチェントを手掛けたマエストロ

投稿日:2021-09-30 更新日:

ロベルト・ジョリートは、自動車史に残る現代のデザイナーの1人です。

現代版のMultipla(ムルティプラ)や現行フィアット500(チンクエチェント)を手掛け、2004年ジュネーブ・モーターショーで発表されたコンセプトカー「トレピュウーノ」も彼の手によるもの。このプロトタイプを製作したとき、往年のアバルト500や600からもアイディアの着想を得たそうです。

トレピウーノ FIAT Trepiuno|ロベルト・ジョリートによるデザイン

ロベルト・ジョリートとは?

現代版フィアット500の生みの親 ロベルト・ジョリート Roberto Giolito

ロベルト・ジョリート(イタリア・アンコーナ生まれ/1962年11月10日)はイタリアの自動車デザイナーです。

フィアットでチーフデザイナーを務めています。ジョリートは、1989年よりフィアット・チェントロ・スティーレに加わり、初期の電気自動車プロトタイプに携わります。その翌年にはコンセプト・ミニバンのコンセプトづくりを開始。

 

2004 Trepiuno concept
トレピウーノ・コンセプト

出生 1962年11月10日
イタリア・アンコーナ
国籍 イタリア
母校 Istituto Superiore per le Industrie Artistiche
職業 カーデザイナー
デザイン車 ムルティプラ、トレピウーノ、フィアット500(2007~)、500L、パンダ、オッティモ

 

2代目ムルティプラとロベルト・ジョリート

2代目フィアット・ムルティプラ でも有名です(画像は1998年ニューヨーク近代美術館で展示されてるもの)

 

フィアット・ムルティプラが教えてくれた、クルマの“本当の価値”――

ジョリート氏の特別な1台ジョリート氏が手がけた数々のフィアット車の中でも、特に心に残っている1台があるという。

それは、現行500やTipo(ティーポ)のデザインにも関わった彼が、「人生を変えた」と語るモデル――フィアット・ムルティプラです。1994年にスタートしたこのプロジェクトは、当初、社内でも期待値の低い「埋もれた存在」でした。

予算も限られ、注目されるプロジェクトが他にいくつも進行する中で、引き受け手が見つからず、結局ジョリート氏のところに回ってきたそうです。「正直、自分から手を挙げたプロジェクトではなかった」と彼は振り返ります。

しかし、このクルマに取り組んだことで、彼のデザイナーとしての視点、そして人生観そのものが大きく変わることになります。「家族のための幸せな空間」を目指して当時、ミニバン市場はルノー・エスパスやポンティアック・トランスポートなどが先行していましたが、ジョリート氏はそれらとは違うアプローチを追求しました。

彼が最も力を注いだのはシートレイアウトです。
従来の2列3席ではなく、3席×2列という独自の配置を提案。前席中央に「指揮官席」のような位置を設け、どの席も平等に快適であることを目指しました。

全長をフィアット・プント並みに抑え、取り回しの良さと駐車場の実用性を高めたのも特徴です。「クルマ酔いに苦しんだ幼少期の経験が、反面教師になった」とジョリート氏は言います。

家族で乗るクルマが、すべての乗る人に心地よい空間であってほしい— その想いが、ムルティプラのデザインの根底にあります。ムルティプラがもたらしたもの販売台数では大ヒットとは言えなかったムルティプラですが、ジョリート氏にとっては特別な1台となりました。

実際に6台を所有し、家族の日常から仕事の移動、趣味のコントラバスを積んでの演奏会まで、文字通り生活の相棒として使い倒したそうです。「それまでクルマは“個の楽しみ”だった。でもムルティプラは、車内に生まれる陽気さや、他者と過ごす時間の豊かさを教えてくれた」

そう語る彼の言葉からは、デザイナーとしてだけでなく、ひとりの人間として得た深い気づきが感じられます。現在、FCAヘリテージ部門の責任者を務めるジョリート氏にとって、ムルティプラは「デザインの自由度が低かったからこそ、逆に新しい価値を見出せた」象徴的な存在となったのです。

 

アバルトの魂を今に伝える男 ―

ロベルト・ジョリートが語る“アバルト現象”フィアットの現行500やTipoのデザインを手がけ、現在はFCAヘリテージ部門の責任者を務めるロベルト・ジョリート氏。彼こそが、アバルトの歴史を最も深く理解し、現代に繋いでいる人物の一人です。

ジョリート氏は言う。「アバルトはただの過去の栄光ではない。創業者の精神は、今も脈々と受け継がれている」

その言葉には、単なるノスタルジーではなく、強い確信が感じられます。小さくても熱い存在 ― アバルトがもたらした社会現象1960年代、イタリアでは「アバルティザーレ(Abarthizzare)」という動詞が生まれるほど、アバルトは社会現象となりました。

国語辞典にまで載ったこの言葉は、当時の若者たちが「小さくてもパンチの効いた車」に強く憧れたことを物語っています。山道の多いイタリアの地形にマッチした軽快さと、創業者カルロ・アバルトの巧みなマーケティング(マフラーやステアリングなどのキット販売)が相まって、アバルトは爆発的な人気を博しました。

「小さいものが大きいものを追い越す快感」――
それが、当時のイタリア人の心を掴んだのです。ジョリート氏とアバルトの出会いジョリート氏自身も、幼い頃からアバルトの虜でした。

最初の愛車はアウトビアンキ A112 アバルト、2台目はフィアット 131 アバルト・ラリー。
まだデザイナーになる前から、アバルトの持つ「小さな車で大きな感動を生む」哲学に魅了されていたと言います。
彼がデザインした現行500の原型となったコンセプトカー「Trepiùno」でも、アバルトの影響は色濃く反映されています。

バンパーレスデザインやクロームの控えめな使い方など、往年のアバルトから着想を得た部分が随所に見られます。現代に受け継がれるアバルトのDNA2019年にミラノで開催された「ABARTH DAYS」では、若者たちが最新の595シリーズに長い列を作っていました。

ジョリート氏はこの光景を見て、満足げに語ります。
「アバルトは輝かしい過去の遺物ではない。カルロ・アバルトの精神は、エンジニアやデザイナーたちによって今も生き続けている」

彼がヘリテージ部門で大切にしているのは、単に古い車を保存することではなく、
その精神を現代のファンに伝え、未来へ繋ぐことです。

現代版フィアット500の生みの親 ロベルト・ジョリート Roberto Giolito

画像出典:FCAジャパン

 

2002年にはフィアットグループのデザインセンター所長に就任し、2004年のトレピウノ・コンセプト(2007年に発表された新型フィアット500の前身)および近年のFIAT車のデザインを手掛けている事で広く知られています。

2008年にカーオブザイヤー、2009年にワールドカーデザインオブザイヤーに選ばれ、フィアット&アバルト(ABARTH)のデザイン統括へ。2016年以降は、FCAヘリテージの責任者を務めており、FCAのイタリアブランドの歴史的遺産の保護、宣伝、宣伝を担当しています。

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