FIAT車で『ムルティプラ Multipla』といえば、ヌォーヴァ500(フィアット・チンクエチェント)の誕生した1950年代、その同時期にイタリアの街中で活躍していた独創的なワゴンを思い浮かべます。

FIAT600 Multipla のエスプレッソコーヒー屋さん[筆者撮影]
初代ムルティプラ(Multipla)とは?
1955年に世に送り出されたフィアット600(セイチェント)の兄弟。
セイチェントのシャシーを流用して製作されたワンボックスカーが初代ムルティプラ。
意味はイタリア語で「Multi(多目的)+PLa(広さ)」。その名にふさわしい往年の名車です。
後にデビューするフィアット500(Nuova500)は名前もフォルムも似ているから姉妹車とも言われるけれど、自動車として本質的な意味でダイレクトに血の繋がりがあるのは1956年生まれの『600 Multipra ムルティプラ』の方です。
通称ムルちゃん。

さいたまイタフラミーティングにて[筆者撮影]
タクシーや運搬輸送車などの商用車としても活躍し、戦後イタリアの経済成長を支えました。
ベース車の600と同様の小さなボディながら、バツグンの積載能力を持っていたムルティプラは50~60年代の大ヒット車のひとつ。奇抜なフォルムにも関わらず、可愛らしくて実用的。
なので、エスプレッソマシンを積み込んでコーヒー屋さんキッチンカーに仕上げちゃうのは、とても面白い試みだし、まさに解釈一致。素晴らしいです。美味しいカッフェでした。ごちそうさま!

© fiat500.online All Rights Reserved.[筆者撮影]
昔の全盛時代の動いてる映像はレアなのだけど、古い映画のワンシーンに登場してるからぜひご覧あれ。
『黄金の七人』(伊題:7uomini d'oro)にもワゴンタクシーとして登場。

ルパン三世の元ネタとも言われるイタリア映画で、ヒロインは完全に峰不二子ちゃんそのもの。
セイチェント系600『Multipra』仕様と性能

ベース車両となったセイチェント)
ヌオーバ500が開発される少し前に登場したFIAT600(セイチェント)の亜種である600 Multipra(ムルティプラ)。
600開発当時(1955年)、フィアットの上層部はセイチェントのRR方式に対して前向きな姿勢は示していなかったという。初代500ことトッポリーノ晩年の頃に主役だったワゴンタイプ(ジャルディニエラ)が、リアエンジン・リアドライブのRRレイアウトでは作れないではないか、との主張であったという。

たしかに、リア部分にエンジンを積むのだから後部にスペースが確保できないと考えるのは普通の見解ではある。しかし、その常識を覆してしまうのがダンテ・ジャコーザの独創性、非凡さの所以です。それを証明して足跡と爪痕をくっきり残してしまった意外性ナンバーワンの名イタリア車。
難問とハードルをクリアするためにダンテ・ジアコーザが講じた対策は、運転席を前輪軸の位置まで前進させることで、3列シート6人乗りのマルチパーバスビークルを実現するというものだった。これが初代ムルティプラが極めて変わったフォルムとなった経緯。フィアット車・イタリア車史のみならず自動車の歴史に残るユニークな形状のクルマが誕生した。

初代Multipraのリアエンジン[筆者撮影]© 2026 www.fiat500
当時の常識ではリアエンジン・リアドライブ(RR)方式で後部に広い荷室を確保するのは難しいとされていた
ジアコーザは本当にやり繰り上手というか、上層部からの半ば無茶振りなオーダーすらも(苦心の末)次々と実車として顕現させることに成功した天才なのだけれど、ご本人的には限りある条件とコストが枷となり、自信が理想とする形を達成できずに妥協した部分も少なくなかったらしい。
- 3列6人乗りという大胆なシート配置
- エンジンを後部に配置することで生まれた広いフロントスペース
- 全長約3,535mmというコンパクトなボディながら、実用性を徹底的に追求

FIAT FESTA[筆者撮影]© 2026 fiat500.online
結果として生まれた独特のフォルムは、当時「変わった車」として話題になりましたが、タクシーや商用車としても広く使われ、実用性は折り紙付き。
初代ムルティプラには5人乗りの2列シートと6人乗りの3列シートの2タイプがあり、どちらも2、3列目のシートは折りたたんで積載スペースとして使用することができるよう設計されていました。

[筆者撮影]© 2026 www.fiat500.online

[筆者撮影]© 2026 www.fiat500.online

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1960年には600のマイナーチェンジとあわせてMultipraにも改良が加えられ、エンジン排気量は633ccから767ccへと拡大、最高出力も19馬力から29馬力に向上。
また、外観的にもフロントウインカー等が大型化されています。こうしてミニバンの祖ともいえるムルティプラは、フィアットのベーシック・グレードが600シリーズから850シリーズに移行する1965年まで生産。
2代目ムルティプラは気持ち悪い?かわいい?

[筆者撮影]© 2026 www.fiat500.online
ニューチンクエチェントみたいに、現代版の新型ムルティプラもあって、1998年に先代と同じく『ムルティプラ Multipra』の名前で2代目モデルが世に送り出されています。エンジンがフロントなので旧車時代とは別人のようですが、やはりクセの強さは先代ゆずりと言うか、それ以上のものがあるかもしれません。
あまりにキャラが濃すぎて不評だったというブサ可愛い名車(迷車)なのです。
辛辣なイギリスの評論家たちには『世界一醜い車』とすら言われたことのある2代目ムルティプラ。日本にも2003年から輸入されていたので、なかなかの希少種ながら現在もまだ日本にも生息しています。ヒットはしなかったけれど、2010年までの13年間生産販売されていました。
ロベルト・ジョリートが携わっていて、たしかに妙にじわじわ愛着のわくチャーミングさのあるデザインと言えなくもないのですが、いかんせん時代の先を行き過ぎたように思える。平成・令和でやっと追いついた感はあるかもです。

[筆者撮影]© 2026 www.fiat500.online
お顔もフォルムもユニークすぎる新型ムルティプラちゃんは、旧Multipraのコンセプトを受け継いだマルチ・パーパス・ビークル(MPV)です。しかし、そのスタイルは独特すぎて、実際のところ好き嫌いはハッキリ分かれる模様。その当時は、ブサイクとか醜いとか酷評もされたようですが、最近はそれなりに愛されキャラの癒やし系扱いされることも多い(気がするw)
2代目ムルティプラ(1998-2010年)仕様

[筆者撮影]© 2026 www.fiat500.online
― デザイン史に残る“異形の名車
”32年の時を経て、1998年に復活した2代目ムルティプラは、さらに強烈な個性を放ちました。
当時のデザイン責任者だったロベルト・ジョリート氏(現FCAヘリテージ責任者)が手がけたこのモデルは、
リリース当初から「世界で最も醜い車」との賛否両論を巻き起こしました。最大の特徴は、極端に短いボンネットと、フロントウインドウ下に配置されたヘッドライトです。
子亀が甲羅を背負ったようなシルエットは、一度見たら忘れられない強烈な印象を残します。
- 全長:約4,000mm(前期)/4,097mm(後期)
- 全幅:1,875mm
- シートレイアウト:3人掛け×2列の6人乗り
- エンジン:1.6Lガソリン(103ps)など
室内は驚くほど広く、6人がゆったり座れるスペースを確保。
独立したシート配置や高い天井により、居心地の良さはクラス随一でした。

© fiat500.online All Rights Reserved.[筆者撮影]
カバ顔と言われますが、こうして見ると僕たちガンダム世代にはZガンダムの『ジ・オ(The O)』にも見えますねー
まあ、たまたま色が近いというのもありますが(笑)

奇抜なデザインで個性的どころかクセの強い見た目ながら、なぜかジワってくる訴求力… この現代版ムルティプラを担当したデザイナーは、実は、後の現代版フィアット500を手掛けることになるロベルト・ジョリート氏なのです!
トレピウーノ(Trepiuno) Roberto Giolito
3人掛けシートが2列で、先代600ムルティプラと同じく6人乗りです。
さらに、運転席以外のシートは全てそれぞれが独立しているので個々に折り畳むことが可能。リアシートは取り外すことも出来ます。まさに至れり尽くせり。

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そして後部のラゲッジスペースも広く、6名乗車でも490L、リアシートを全部取り外してしまえば1900Lまで積載能力は拡大します。
ガラス面が広いためルーム内も明るくて、車内の居心地はとても良いらしい(残念ながら乗ったことはないのです…)

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ヘッドライトは通常の位置にロービーム、フロントウインドウ下にハイビームを置かれています。ゆえに独特なフェイス。
しかし、2004年にマイナーチェンジされて個性的すぎるお顔は少しマイルドになりました。
マイナーチェンジで変わりすぎ!?後期型ムルティプラ

2004年のマイナーチェンジでは、賛否両論だったフロントデザインを大幅に変更。
いや、もう別のクルマですね(笑)
どうやら当時はめちゃくちゃ不評だったらしく、フェイス・デザインは大幅に変更されてしまったようです。
ある意味では、脱個性化のおかげで、まったく普通のクルマになってしまった後期型ムルティプラ。やはりセールスは伸び悩み、2010年に生産終了となりました。どちらかと言うとイベントやミーティングで見かけるのは前期型の方ですね。
「普通の車」に近づいた後期型は「ニュームルティプラ」とも呼ばれました。ムルティプラが残したもの販売台数では大ヒットとは言えませんでしたが、ムルティプラは「自動車デザインの可能性」を示した重要なモデルです。
小さくても広い室内空間、独自の思想に基づいたレイアウト。それは、現代のコンパクトカーやMPVにも通じる先進的な考え方でした。今ようやく時代が追い付いた感じ。中古車市場で見かけるムルティプラは、個性的なデザインを好むマニア層から根強い支持を受けています。
「普通の車では物足りない」という人にとって、ムルティプラは今も魅力的な選択肢の一つと言えるでしょう。

[筆者撮影]© 2026 www.fiat500.online
そういえば、千原ジュニア氏が初代ムルティプラを購入したそうで(たしかグレー&ホワイトだったかな?)
チンクエチェント博物館さんでお願いしてた子をお迎えしたとのこと。YouTube動画を観ました。
1965年式Multipraに一目惚れして「フィアット・ムルティプラ、ブスかわいいなぁ」とのこと(笑)
なんと4台目の旧車所有だそうです。(うらやましい)