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FIAT 500といえば、イタリアの象徴的な小さなクルマとして世界中で愛されていますが、実はオーストリアでも独自の進化を遂げたモデルが存在します。
それが『 シュタイアー・プフ500(Steyr-Puch 500)』
1957年から1975年まで生産されたこのモデルは、FIATからライセンス供与を受けたボディをベースにしながら、エンジンや足回りなど多くの部分をオーストリア独自の技術で作り上げた、文字通り「もうひとつの500」です。

FIAT Steyr-Puch 私が日本で出会った希少な実車
希少性が高く、状態の良い個体はコレクターズアイテムとしても価値があります。
FIAT 500のファンであれば、ぜひ一度は知っておきたい「もう一つの500」といえるでしょう。
この記事では、ドイツ圏オーストリア版のフィアット・チンクエチェント『Steyr Puch 500D / 650TR / 700』について紹介します。
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オーストリア産 チンクエチェント STEYR-PUCH 500

オーストリアのシュタイアーマルク州都・グラーツを本拠とするシュタイアー・プフ社がライセンス生産を手掛けたフィアット車こそ、知る人ぞ知るシュタイア・プフ500です。
生産台数は約60,000台と、FIAT本国に比べると少数ですが、オーストリア国内では一定のシェアを獲得し、1975年まで製造が続けられます。
アルプスの厳しい気候や山岳路に対応するため、本家のFIAT(Nuova500)とは異なるアプローチを取った実用的な一台として、オーストリア国内で根強い人気を博しました。

ところで、この500のことをドイツ語圏の人たちはどう呼ぶのでしょう?
私も「500」という数字をドイツ語でどう発音するのか知らなかったので調べてみました。
チンクエチェントこと500の呼称は、ドイツ語圏では 「フュンフフンダート(fünfhundert)」 と呼ばれるそうです。オーストリアではドイツ語(オーストリアドイツ語)の方言が公用語で、この希少種チンクのことを現地の人々は 「シュタイアー・プフ500」 と呼ぶのが一般的だそうです。
なのでカタカナ表記すると「シュタイアー・プフ・フュンフフンダート」となります。日本語の自動車記事などを見ても、ほぼ「シュタイアー・プフ500」と表記されることが多いですね(文献によってはシュタイヤー・プッフという表記も)
イタリア語の「チンクエチェント」とはまた違った響きで、どこかアルプスの堅実さと実用性を感じさせる名前だと思います。
なぜシュタイア・プフは独自の500を作ったのか?

第二次世界大戦後、オーストリアのSteyr-Daimler-Puch社は、乗用車生産の再開を検討していました。
しかし自社で完全新設計を行うコストと時間を考えると、現実的ではありません。そこでFIATとライセンス契約を結び、Nuova 500(ヌオーバ500)のボディを供給してもらい、自社でエンジンと駆動系を開発する道を選んだのです。FIATの直列2気筒エンジンではなく、空冷フラットツイン(ボクサー)エンジンを採用したのが最大の特徴です。
見た目は元祖と非常に似ていますが、走らせると全く違うキャラクターであることがわかります。
FIAT 500が「街乗りのかわいい相棒」なら、シュタイアー・プフ500は「山岳路をものともしない小さな頑丈者」という印象です。

Steyr-Puch 500シリーズの当時物パンフレット
(私の大切なコレクションです)
本家 FIAT(Nuova 500)との違い
「Steyr-Puch 500」はヌオーバ・チンクエチェント(Nuova500)のデビューと同じく1957年に発売されます。ヌオーバ同様に当初はコンバーチブルのみが導入。ボディはリアのエンジンカバーとキャンバストップ(コンバーチブル)部分のみが自社生産だったそうで、ほぼイタリア製。

1959年に最初のマイナーチェンジが行われ、Dタイプの500D(チンクチェント・ディー)をベース車としたモデルSteyr-Puch 500Dが登場。後方まで開閉するカブリオレからクローズドトップに仕様変更されます。こちらも、金属ルーフ部分も含めてボディはイタリアFIAT社製。
- エンジン:FIATの直列2気筒 → Steyr-Puchの空冷フラットツイン(振動が少なく、山道での扱いやすさが優位)
- トランスミッション:Steyr-Puch独自の4速MT(同期装置付き)
- サスペンション:アルプス仕様にチューニング
- 実用性:後席ヘッドルームの改善や頑丈な造りで、日常使いに強い
外観的には見分けが付きませんが、特徴的なのはフロントマスクのモールディング(フロントエンブレム・トリム)の違い。

フィアット500の正面顔でも印象的な、エンブレム左右に水平に伸びるクロームメッキ・パーツの部分が、大きく重厚なグリル状のデザインのものに換装されています。

チンク愛好家の間では一般的に「ひげ(Whiskers)」と呼ばれ、現代版のニュー500でも愛らしい顔立ちを象徴するアイコニックなデザイン要素となっていますよね。お国柄と言えるのでしょうけど、このヒゲはまさに『男爵(バロン)』って感じなイメージだなと、勝手に思ってしまいました 笑

その他、ロゴバッジや計器メーター類なども細部のパーツ、ディティールは異なります。

最大の違いとしては、やはり心臓部であるエンジン。そしてトランスミッション。
これらはシュタイア・プフ社で独自に製造されたもので、特にエンジンは本家と同じ2気筒でありながら、構造は全く異なる16hp/12kwの水平対向エンジン(フラットエンジン/ボクサーエンジン)を搭載。その回転は遥かにスムーズで、当時の本家オリジナルよりも高性能とのもっぱらの評です。


欧州で入手した貴重な資料(車両説明書/カタログ)
シュタイア・プフ500の独自進化の理由

写真は Steyr-Puch 650Tのエンジン(実車)
詳しくは後述しますが、FIAT本国が直列2気筒エンジンを採用していたのに対し、Steyr-Puchは空冷フラットツイン(ボクサー型)を一貫して使い続けました。
これはアルプスの厳しい冬や山岳路で、空冷エンジンのシンプルさと耐寒性、振動特性が有利と判断されたためです。結果として、FIAT 500とは「見た目は似ているが、走らせると全く違う性格」のクルマに仕上がりました。
- FIAT 500 → 街乗り重視の軽快さ
- Steyr-Puch 650シリーズ → 山道や実用性を重視したタフさ
寒冷地という環境に適応する形で、クルマが派生していった代表例の一つと言えますね。
ちなみに余談ですが、水平対向エンジンは1896年にベンツ社(現ダイムラー社)の創始者カール・ベンツが発明したものが祖。クランクシャフトを挟んで左右対照に向かい合った対のシリンダーが同時にピストンするので、さながらボクシングのパンチの交錯を思わせる動き方から別名ボクサーエンジンとも呼ばれます。
オーストリア版フィアット車の主な仕様と進化

- 初期型(1957-1959)
排気量:493cc
最高出力:16hp
空冷フラットツインエンジン
4速マニュアルトランスミッション(Steyr-Puch独自設計) - 500D / 500DL(1959年以降)
屋根を固定式にしたモデルが登場(D = Dach / 屋根)
後席のヘッドルームを改善し、実用性を向上。
500DLはさらにパワーアップ版(19.8hp)も設定されました。 - 650シリーズ(1962年〜)
排気量を643cc / 660ccに拡大。
より力強い走りと高速安定性を獲得。
Steyr-Puch 650シリーズ ― より力強く、実用性を高めた進化形

Steyr-Puch 500の基本設計が好評を博した後、同社はさらに排気量を拡大した650シリーズを展開しました。
主なモデルとして 650T、650TR、そして後期の700C が存在し、FIAT 500D/500Fとは明確に異なる「オーストリア独自の500」として進化を遂げています。
650T(1960年頃〜)
- 排気量: 643cc(フラットツイン、空冷)
- 最高出力: 約20〜22hp
- 特徴: 500の基本ボディを維持しつつ、エンジンを大幅に強化。
より力強い低中速トルクを得るためにチューニングされ、山岳地帯の多いオーストリアで実用性を高めたモデルです。 - 位置づけ: 「日常の足」としてより頼りになる存在。FIAT 500Dの単なる派生ではなく、Steyr-Puch独自のキャラクターを強く打ち出した最初のモデルと言えます。
650TR(Sport / Rally仕様)
- 排気量: 643cc〜660cc
- 最高出力: 25hp前後(650Tよりさらにチューン)
- 特徴: 「R」はRally(ラリー)またはSportを意味し、サスペンションの強化、キャブレターの大型化、排気系の見直しなど、パフォーマンスを重視した仕様です。
- 位置づけ: スポーツ走行や山道での軽快さを求めるユーザーをターゲット。
当時のオーストリアでは、ラリーやヒルクライムなどのモータースポーツで活躍した記録も残っています。
700C(後期型)
- 排気量: 約700cc前後(最終的な拡大版)
- 最高出力: 25〜28hp程度
- 特徴: 650シリーズの集大成とも言えるモデル。
エンジン出力の向上だけでなく、快適性や耐久性もさらに磨かれ、1970年代初頭まで生産されました。 - 位置づけ: 長距離移動や日常の酷使に耐えうる「実用的な小型車」として完成の域に達した最終進化形です。

この他、豪華仕様の500 DLには、20hp(15kW)の強化エンジンが搭載されました。
1961年には、エステートワゴン型の700 C(Combi)と700 E(Economy)の2モデルが発売されます。これはイタリアの「ジャルディニエラ(Giardiniera)」のSteyr-Puch版にあたります。どちらも排気量を643ccに拡大したエンジンを搭載していましたが、出力は用途によって異なっていました。1962年にはセダンにも大型エンジンが採用され、650 Tが登場。
Tは製造工場のあった「Thondorf(トンドルフ)」に由来します。
数年後にはさらに排気量を660ccに拡大した650 TR(TRはRallyの意)が登場。
よりスポーツ寄りのチューニングが施され、650 TR IIという高出力バージョンも存在しました。
| タイプ | 製造年 | cc | 力 |
|---|---|---|---|
| 500 | 1957〜1959 | 493 | 16馬力(12 kW) |
| 500 D | 1959–1967 | 493 | 16馬力(12 kW) |
| 500 DL | 1959–1962 | 493 | 20 hp(15 kW) |
| 700 C | 1961〜1968 | 643 | 25 hp(18 kW) |
| 700 E | 1961〜1968 | 643 | 20 hp(15 kW) |
| 650 T | 1962〜1968 | 643 | 20 hp(15 kW) |
| 650 TR | 1964〜1968 | 660 | 27 hp(20 kW) |
| 650 TR II | 1965〜1969 | 660 | 41 hp(30 kW) |
| 500 S | 1967〜1973 | 493 | 20 hp(15 kW) |
| 126 | 1973–1975 | 643 | 25 hp(19 kW) |
現代から見たシュタイア・プフ・シリーズの価値
現在、中古市場ではSteyr-Puch 650シリーズはFIAT 500本体よりも大変希少なレア車となっています。
「本物のオーストリア製500」を求めるコレクターに人気があります。
特に650TRのようなスポーツ仕様は、歴史的価値も高く評価されています。
現在の中古車市場での位置づけオーストリアやドイツを中心に、根強いファンが存在します。
シュタイア・ダイムラー・プフ社 とは?

シュタイアー・プフ社の歴史は、1864年にヨーゼフ・ヴェアンドルが小銃工場を設立したことに遡ります。
同社のエンブレムに描かれている射撃用の的の図案は、まさに銃器メーカーとしてのルーツを象徴しています。1894年からは自転車製造に進出し、1899年にはヨハン・プッフ(Johann Puch)がシュタイヤーマルク州でPuch-Werkeを創業。
その後、Steyr-WerkeとPuch-Werkeの2社が発展し、1915年にはグラーツを本拠地に自動車製造へと本格参入しました。
初の自動車「タイプII」は、重厚で高品質な作りにより、当時から高い評価を受けていました。1958〜59年には、軍用車両として開発されたハフリンガー(Haflinger)の生産を開始し、1976年まで製造を続けました。
そして1979年に発売されたメルセデス・ベンツのGクラス(当時の呼称:ゲレンデヴァーゲン)は、Steyr-Puchが深く関わった共同開発モデルです。
堅牢なラダーフレームと4輪リジッドサスペンション、パートタイム4WDを採用したこの車は、2ドアショートボディと4ドアロングボディの2タイプがラインナップされました。Steyr-Puchの特徴的なビジネスモデルは、自社ブランドの乗用車を積極的に開発・販売するのではなく、世界中の自動車メーカーの製造を請け負うという点にあります。
例えば、FIAT Pandaの4×4モデルで採用された四輪駆動技術にも、Steyr-Puchが大きく貢献していることは、パンダ愛好家の間ではよく知られた話です。1990年に同社は分割され、各部門がオーナーや社名を変えながら存続。
自動車製造部門は現在、カナダのマグナ・インターナショナルの子会社であるマグナ・シュタイアー(Magna Steyr)として、引き続き高品質な車両の受託生産を行っています。
日本で出会ったシュタイア・プフの実車

ここからは私的な日記ブログ。いえ、大切な思い出ですね。いつかの浜名湖のパンダリーノ(PANDARINO )に行った帰り、マイ・チンクの主治医のフィアット屋さんに立ち寄ったら、こんなレア物チンクがいたのでびっくらこきました。
出会ったのは、シュタイア・プフ650T。
見た目はフィアット500と同じでも、中身はまるで別物というオーストリア生まれのFIAT500の亜種。その当時の私は、旧チンクエチェントにこんな東欧製のライセンス車があるのは知らなかったので、家に帰ってから夢中になって色々と調べまくったのでした。

PUCHと書いてある。オーストリア語?それともドイツ語?(それも知らなかったのです)
シュタイア・プフ。
クラシックカーのFIAT500はシンプルの極みというか、めちゃ簡素で、当時としても扱いが容易であることから、今風に言うなら二次創作的なモデルが色んなメーカーから生産されていたわけです。その最たる『ABARTH アバルト』が有名すぎるからか、意外と知るチャンスもないんですよね。というか、前に別記事で書いたモレッティ・クーペのプリマセーリエみたいに、台数自体が極端に少なくてマニアックだから日本では情報自体になかなか辿り着けない。
このプフに関しては、おそらくボディパネルは同じ型で作っていると思われるのでフォルムは500そのもの。でも、ゴツめなPUCHエンブレムが付いてるだけで違う車に見えてしまうから不思議です。(ヒゲでけーな。男爵だな笑)

メカニックさん曰く、エンジンは650Tのエンジンをチューニングしたもの(650TR?)を搭載してるとのこと。
オーストリア生まれのシュタイア・プフはFIAT500のライセンス版とのことだけど、空冷で2気筒なのはFIATと同じでありながも、自社製の水平対向2気筒エンジンを積んでいる。独自設計による空冷フラットツインはかなり強力な代物らしい。
110Fエンジンを見慣れてるだけに違和感はパないっす。低重心ゆえに操縦性は元祖フィアット500より優秀!と海外の愛好家は言ってる記事をネットで見た。しかし実際にめちゃ速いらしい。
うーん、いつの日か一度は運転してみたいな~

インパネまわりを始め内装はそんなに大差はないように見えました。ダッシュボードというかインパネに空いた穴はたぶんグローブボックスなのだろう。あとはシートが違うくらい。もちろんモディファイされてるかもだし、完全オリジナルではないだろうし、流用パーツも組まれてると思います。
でもエンジンを始め、リアサスペンションも本家とは異なるスウィングアクスル。
FIAT500でありながら本家とは足回りからミッション、ブレーキに至るまで中身はすべて違うのだ!

燃料タンクの形状もコンパクトで、フロントボンネット内はすっきりしてました。これなら物が積めるなー
シュタイア・プフはダイムラーの一部門となっていたそうで、メルセデスの4MATICシステムの開発や4輪駆動モデルの製造をはじめ、最近ではBMWとの提携もあり、X3の開発にも多く関わっている縁の下の力持ち的存在のようです。
なるほど。そりゃ昔は技術のスペシャリストで、職人仕事によりチンクエチェントもハイスペックに仕上がるというもの!
シュタイア・ダイムラー・プフ
出典:wikipedia
シュタイア・ダイムラー・プフ(Steyr-Daimler-Puch Spezialfahrzeug GmbH )はオーストリア・シュタイアーを拠点とする製造業の複合企業であったが1990年に分割され、それぞれの部門はオーナーや名称が変更されたのち継続している。
1864年にヨーゼフ・ヴェアンドルが小銃工場として設立したのがはじまりで、1894年からは自転車製造を開始、1915年には自動車製造を開始し、1924年にシュタイア・ヴェルケ・アーゲー(Steyr-Werke AG )として知られることになり、自動車1号車「タイプII」は重厚かつ良質な作りで、後に登場するスポーツバージョンとともに世界に強い印象を与えた。


[実車両 撮影場所: style basic]